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2022年2月27日

サル化する世界

サル化する世界は、文藝出版社から発行されている内田樹(うちだたつる)氏の書籍のタイトルです。      内田氏は、春秋戦国時代には「反面教師」として、繰返し嘲笑された人達がいたとして、3つの説話を記している。    一つ目は「朝三暮四」という宋の狙公の説話である。狙公はサルを何匹も飼っていた。だが、懐具合がさみしくなり、餌代を節約しなければならなくなった。それまでは餌の「トチの実」を朝四つ、夕方四つ与えていた。サルたちに向かって、これからは「朝三つ、夕方に四つにしたい」と提案するとサルたちは激怒した。「じゃあ、朝四つ、夕方三つならどう?」と訊いたら、サルたちは大喜びをした。 二つ目は「韓非子」の「守株待兎」という話で、童謡「待ちぼうけ」のオリジナルになった説話である。宋の国に一人の農夫がいた。彼の畑の隅の切り株に、ある日兎がぶつかって、首の骨を折って死んだ。それを持ち帰って兎汁にして食べた農夫は、次の日から耕作を止めて、終日兎がやって来て首の骨を折るのを待った。兎は二度と来ず、農夫は収穫物も得られず、国中の笑いものになった。この農夫には「確率」という概念がなかった。ある出来事がどれくらいの蓋然性で起きるのかという考え方をしなかった。今、農作をしないで、ごろごろしているのは「らくちん」である。それはリアルに感じられる。でも、未来に飢えているかもしれない自分にはリアリティを感じられない。「朝三暮四」と同じである。 三つ目は、「「矛盾」である。盾と矛を売っている武器商人がいた、彼はまず盾を取り上げて、「この盾は堅牢であって、いかなる矛もこれを貫き通すことはできない」と能書きを述べた。続いて、矛を取り上げて、「この盾は鋭利であって、いかなる盾もこれを耐えることはできない」と誇った。通りかかった人が「あんたの矛で、あんたの盾を突いたらどうなるんだ」と聞いたら、商人は絶句してしまった。この武器商人もまた、盾を売っているときには、矛を売っているときの自分にリアリティが感じられず、矛を売っているときには、盾売っているときの自分にリアリティを感じることが出来なかった人なのである。ある程度の時間ももちこたえることのできる自己同一性というものを持たなかったのである。話は「その人応うる能はざる也」で終わる。何を言われたのか理解できなかったからである。「朝三暮四」は自己同一性を未来に延長することに(「今さえよければ、それでいい」)のことであるが、「自分さえよければ、他人のことはどうでもいい」自己同一性の空間的な縮減のことである。    「倫」の原義は「なかま、ともがら」である。だから「倫理」とは「他者とともに生きるための理法」のことである。他者とともにあるときに、どういうルールに従えばいいのか、別に難しい話ではない。「この世の人間たちがみんな自分のような人間であると自己利益が増大するかどうか」を自らに問えばよいのである。        倫理的な人というのが「サル」の対義語である。                                 血圧が高く血糖値も高めなので医者から歩く様に言われて、朝ウォーキングをしていますが、休日にウォーキングを兼ねてゴミ拾いをしています。吸い殻や食べ物の袋、ペットボトルに空き缶etc.手提げ袋に一杯です。時には、袋ごと捨てられているので袋が2個3個になる時もあります。平日は、朝礼の後に会社の周辺のゴミ拾いをしています。近隣にコンビニ、コストコ、バス停があるのでゴミに欠く事はありません。何で捨てるのだろう?自分の空間(巣)が綺麗ならいいのか?。これも内田氏の言うところのサル化ですかね。「今が良ければいい。自分さえよければいい」。年金問題も医療費の問題も、消費税の問題もみなサル化ですかね。                内田氏は、「サル化する日本」か「サル化する日本人」としたかったんじゃないですかね!

是非、読んで下さい。