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車検のコバック・坂井モーター社長が日々のことを書き記します。

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2012年1月 9日

財政破綻に備える

 新年、明けまして おめでとうございます。

本年も、宜しくお願い致します。

 

リーマンショックを乗り越えてやれやれと思ったら、今度はEU発のソブリン・金融危機です。

多分、そう遠くない内にやって来るであろう日本の財政危機に対して、一経営者として準備をしなくてはなりません。

先ずは、会社を倒産させないこと。次に雇用を守ること。そして給料を払い続けること。

新年早々ですが、こんなプリントを配布し困難に立ち向かうつもりです。

こんなこと考えながらお酒を飲んでてもちっとも美味しくないですよね。まったく!

 

社員・スタッフ 各位

 

今年の取り組み

昨年は、東日本大震災をはじめ台風等の自然災害に見舞われ大変な1年でした。

経済に於いても、EUの金融危機やタイの水害、新興国経済の減速などは、我が国にも大きな影響を及ぼしました。今年も引き続き注意が必要です。

更に、総額96兆円にも上る2012年度の我が国の予算案が昨年末に発表されましたが、

税収は42兆円程で、不足の50兆円程を国債の発行で賄おうとしています。

国と地方を合わせた借金が1000兆円にも上るのに、消費税の増税すら決められない有様です。

もはや日本の財政状態は、先送りが許される状況ではないのです。

私は近い将来、日本経済が大きな混乱に陥るような気がしてならないのです。

万一、国債が暴落 (金利が上昇) するようなことがあれば、多くの国債を保有する金融機関は資産が目減りし、赤字になったり倒産するところも発生します。

それを防止する為に返済を強要してきたり、お金を貸さなくなります。

多くの企業は資金繰りに行き詰まり倒産が増えることが予想されます。

また、国の信用が無くなるので、円の価値が低くなり、輸入品を中心に価格の暴騰や品薄が起こります。

一方、消費者はお金を使わなくなりますから一層競争が激しくなり、価格転嫁が出来ないどころか価格競争で収益が悪化して、私たちの給料も満足に支給されなくなります。

かつて財政破綻した多くの国の国民の様に失業したりホームレスになったり、生活は大困窮することになります。

皆さんの生活と雇用を護るためには、少しでも利益を増やし給料を沢山支払える企業になることが重要なのです。それでも生活は苦しくなるでしょうけどね。

そこで、現在の売上・利益で給料を2倍にできる企業体質の構築』

を今年の目標にします。

 

国民と企業が困窮する中、売上・収益を維持するにはどうするか?

給料を2倍にするとはどう云うことか? どうすれば可能か?

効率化・生産性向上とはどう云うことか? どうすれば可能か?

人件費や広告宣伝費などの経費の削減はどうすれば可能か?  Etc.

 

猶予がありません、全社一丸となって取り組みましょう。

 

 

2011年12月28日

日本を憂う

平成24年度は96兆円と云う最大の予算案の様ですが、いやはやですね。

65歳までの雇用の義務付け、派遣・契約社員の正社員化、パート・アルバイトの健康保険への加入強化、

卒業3年目までの新卒扱いに就業支援・採用促進、おまけに法人税増税、老人保健供出アップに健康保険料アップ。

企業はどうすれば良いんですかね。

社員みんなで頑張って黒字にすれば、税金を取られ、銀行からの借入金利は赤字企業よりも高いんですよ。

工夫や努力して頑張ってもも報われない。

この国は何処か狂ってるとしか考えられないですよ。

今も消費税の増税で揉めていますが、マニフェスト違反だとか景気が良くなってからだとか、

もっと無駄を省いてからだだとか尤もらしいことを言ってますが、次の衆院選前には税率を上げないなんてことが言われてるようじゃ、

自分達の選挙のことだけ考えてるんじゃないのと言われても仕方ないですよ。

行政改革や議員定数削減! 直ぐに出来もしないことを言うより、先ずは議員の歳費を削りなさいよ。

自分達の給料や歳費を減らすだけなら大して法改正の必要もないだろうから。

絵空事のマニフェスト何かよりも、国会議員として国民のリーダーとして『範』を示すべきじゃないですかね。

96兆円の予算の内税収は42兆円強で、赤字国債の発行が50兆円もあるんですよ。

どう考えたって税収不足でしょ。

企業から取ればいい、金持ちから取ればいいて云っても、到底補えるものでもないですし、

雇用や起業への悪影響も考えなくてはなりません。

払うものは誰だって少ない方が良いに決まってますよ。

しかし、誰かが負担しなきゃならない訳だから、税金は会費だと思って国民みんなで負担することが必要だと思います。

もう、「奇麗ごと」を言うの、止めません!

議員さ~ん!もっと真剣に国民の生活や国家の行く末を考えて下さいよ~!。

永田町に聞こえたかな?

2011年12月23日

ジャカルタに行ってきました

お久しぶりですね。

終戦の日以来ですから、4か月以上書いてなかったんですね。全く申し訳ありません。

11月の23日からインドネシアのジャカルタに行ってきました。

バリとジョグジャカルタには行ったことがあるのですが、ジャカルタは初めてでした。

全国自動車用品工業会の視察に同行させて頂き、ジャカルタ近郊の工業団地を視察しました。

日本から進出している企業は大変多く、遠州地方からもたくさん進出しています。知合いの社長さんの企業もありました。

国内は余りパッとしませんが、インドネシアは活況を呈していました。増設に次ぐ増設の企業ばかりです。

街は、公共交通インフラが不十分で、バスと車とバイクが中心なので、渋滞がひどいですね。

自動車用品工業会 インドネシア視察(H23.11.23~27) 005.jpgのサムネール画像高速道路は、連日大渋滞でした。

また、JIAEC 日本インドネシア経済協力事業協会の現地研修センターを

見学しました。

18~20歳位の若者が、日本に来て働く為に研修をしていました。

みんな大変まじめに勉強していました。

勢いを感じましたよ。

インドネシアは1人当たりのGDPが3,000ドル位なので、徐々に4輪の需要が

増えてくることと思います。

あの大渋滞はどうなるのか、よその国のことながら心配ですね。

 

 

 

2011年8月15日

終戦の日に思う

今日8月15日は終戦の日ですね。

この時期になるとマスコミは戦争の特集を行いますが、殆どが戦争の悲惨さを訴えるものです。

私はいつも疑問に思っているのです。戦争の悲惨さを後世に伝えて、二度と戦争をしないようにしようと云う趣旨は分かりますが、

それだけで本当に未来永劫戦争を回避することができるのだろうか。一方で国は国民の生命財産を護ることができるのだろうか。

 

何故、戦争を回避することができなかったのか。何故、戦争を引き起こしたのか。何故、多くの国民とアジアの人々を犠牲にして

しまったのか。日本はいや日本人は日中戦争を含めた太平洋戦争の本当の意味での総括をしていないと思います。

東京裁判は、戦争犯罪に関しての裁判であり、総括ではありません。

総括が為されなければ、反省も無いでしょうし、対策も採れません。

 

夏休み前に一冊の本を買いました。「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」(新潮社)という本で、

2009年の8月に放映されたNHKスペシャル取材班の執筆によるものです。

※文中より 浮かび上がってくるのは、旧海軍という「組織」が抱えた問題や犯した罪である。

「責任者のリーダーシップの欠如」 「身内を庇う体質」 「組織の無責任体質」等であろうか。

それは、そのまま現代日本の組織が抱える問題や組織が犯している罪でもある。

大日本帝国海軍というこの組織が抱えた問題は、現代日本の官僚組織、企業でも起きているのではないのか、というものだった。

「組織優先で、個人を軽視する」 「失敗した時の責任の所在の曖昧さ」 「流れに身を任せた結果生まれる"やましき沈黙"」等の

教訓である。

 

軍令部・参謀という超エリート軍務官僚たちによる証言は、強い憤りと共に総括の必要性を強く感じましたね。

是非、ご一読下さい。

陸軍も同様だったに違いない。そこに、政官(軍務官僚)財の癒着は無かったのだろうか。マスコミはどう関わったのだろうか。

現代の福島第1原発や社保庁の年金問題をかつての組織の当てはめると、東電=関東軍・経産省=陸軍省ですかね。

社保庁=海軍軍令部・厚生省=海軍省ってところですかね。政治・マスコミは、今も昔も変わりはないでしょう。

福島第1原発の問題が想定外なら、ミッドウェー海戦の敗北もレイテ沖海戦の敗北もみな想定外ですよね。

官僚や大企業のエリートの無責任と論理のすり替えには十分注意が必要ですね。

勉強しましょう。

原発問題では、、7月27日の衆議院厚生労働委員会で参考人説明された東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏の発言

内容を記したブログを紹介します。

 http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-626.html

 

私たちは一体何を信用すれば良いんですかね。

 

 

 

 

2011年7月22日

東北復興支援Ⅱ

東北の復興が手間取っているようです。

仮設住宅の建設や瓦礫の撤去の遅れは菅政権のせいばかりとは言えないと思いますが、復興に当たっての図面は早く出すべきです

ね。

私は、石巻と女川、南三陸の3ヶ所しか見てないので絶対だとは言えませんが、被害の状況はそれぞれ異なるのです。

東北沿岸の多くの市町村は、リアス式海岸の最深部の狭い平野部に在ります。今回大きな津波に見舞われたのはこうした湾の奥の

狭い平野部に寄り添うように建てられた住宅や商店街なのです。一方、仙台市や石巻市の様に比較的平野部が広い地域では津波が

3~4m位だったにも拘らず大きな被害が出ました。住宅街が海岸近くまで及んでいたからです。

ですから、津波対策も復興対策も明らかに異なるのです。

今回、津波対策から高台移転の話が出ていますが、それが本当に可能なのか。

山を造成し移転費用の9割を国が持つと云うが、財源は?資金面だけではなく、どれ程の数の移転を考えているのか解りませんが、

造成や生活に適した土地はあるのだろうか?漁民は当然海の近くが良いと言い、日々の生活に必要な商業施設はどうするのか?

コミュニティを維持したまま移転は可能なのか?造成・建築が終わるまで避難生活をするのか?現在の土地はどうするのか?等々

こうした様々な問題を克服するには、国が一括して行うことは不可能だと思います。

県や市町村に権限を委譲して独自の復興計画を建てれるようにすることこそが重要だと思います。

政府の役目は大方針を速やかに出すことだと考えますし、地方も含めて政治(家)の質とレベルが問われますね。

 

2011年7月11日

東北復興支援

先週の9日(土)・10日(日)の2日間、宮城県の石巻に行ってきました。

私が所属するパワー浜松ロータリークラブの奉仕委員会が、東日本大震災で被災された方に浜松餃子を食べて貰うと云う企画をしました。

土曜日に石巻・女川、日曜日には南三陸町に行きました。

TVの報道では何回となく見ていましたが、実際に見てみるとその凄さは言葉に出来ないほどでした。

RC震災支援(石巻)H23,7,9-10 051.jpgのサムネール画像

津波の直前まで生活をしていたであろう住居跡や無残に壊れた工場や店舗。

住人や従業員はどうなったんだろうか? 避難できたんだろうか?

無事であっても住宅ローンや多額の借り入れの返済を考えると、経営者の一人として

他人事と思えない憂鬱さに襲われました。何とか立ち直って貰いたいものです。

餃子の炊き出しは、石巻市内の湊小学校の体育館で行いました。

10時過ぎに地震があり、津波注意報が出ていたので準備が遅れましたが、1200個を

焼きました。湊小学校には今でも240人程の方々が避難生活をしています。周辺の方々も見えたので一人3個になってしまい申し訳な

かったのですが、喜んで頂けたようです。避難所には、おにぎりやパンなどの配給は有るようですが副菜は少ない様で、餃子を食べた

のは震災後初めてだって言ってました。避難所の生活は大変でしょうね。エアコンも無い教室に何家族かが同居し、蠅ももの凄く多く

劣悪な生活を強いられているのです。早く自宅に戻れるように祈るばかりです。

石巻のロータリークラブの方々とも話したのですが、やはり必要なのは仕事ですね。働けて収入があれば生活の再建も可能ですし

不安も和らぐでしょう。全員が被災した訳ではありませんし、全ての工場や商店が無くなった訳ではありませんから、何らかの応援も

可能かと思いました。東北、特に被災地域の仕事を増やしましょう。買いましょう。食べましょう。プレゼントに使いましょう。

と云うことで、帰りは東北のお土産とお酒を買って一日でも早い復興を願いつつ飲みながら帰ってきました。

静岡県のお酒も美味いが、東北の酒も美味い。東京駅に着く頃には正体不明でした。

 

 

2011年4月30日

経営理念

弊社は4月が決算月ですが、29日からGWに入りましたので28日が最終日でした。

最終日には成果発表会を行っています。拠点毎の成果と次年度の目標、若手で構成するチーム活動

の発表などを行いました。

後半、車の売れ行きが良くなかったので心配しましたが、何とか前年を上回ることが出来ました。

一方、昨年森田店を出店した影響か減益になってしまいましたが、黒字は確保でき一安心です。

この成果発表会で新たな経営理念を発表しました。

『社員と家族が日本一幸せになれる会社を造ります』

これは2月にある研修会で見せられた社員アンケートにショックを受け経営理念を変えることにしたのです。

しかし、幸せって何だろう?

会議で、マネジャー達と喧々諤々の議論をしました。その結果、

 

私(私たち)は、幸せについて

 

家族のだんらんと健康で健やかな暮らしができる家庭と、楽しく和気あいあいと働けて

 

やり甲斐のある仕事と、安定した人並みの収入があることが、多くの人々の幸せでは

 

ないかと思います。

 

しかしながら、こうしたささやかな幸せでさえ長きに亘り育み守り続ける為には、

 

不断の努力や忍耐と同時に自らが学び成長し続けることが肝要だと考えます。

 

そこで我が社では、経営理念を次の様に捉えます。

 

 

「お客様や同僚から感謝されたり、褒められたり、

 

また人の役に立ったり、必要とされたりすることは、

 

仕事を通じて得られる喜びです。

 

その喜びを、達成感や働き甲斐、生き甲斐に繋げることが

 

できれば人間的成長の糧となります。

 

 この成長が、本人のみならず、家族や周りの人々にも

 

幸せをもたらすと考えます。」

 

 

我が社では、人間性豊かな良き人財の育成を通じて

 

社員と家族の幸せを目指していきます。

 

この様に導き出したのです。

ちょっと難しいですが、『幸せ』はお金の有る無しや健康かそうでないかと

云った現象ではなく、自分自身の心の有り様、人間的成長がもたらしてくれる

ことなのだと解ってくれました。

これからそんな社員の育成に努力して参ります。

 

2011年3月31日

ミャンマーに行ってきました

皆さんは、ミャンマーと聞いたらどんなことが頭に浮かびますか。

アウンサン・スーチーさん、軍事政権、カメラマンの永井さん銃撃事件、他に何かありますか。

多分こんなところではないかと思います。私もそうでした。

ミャンマーに行かないか?と誘われた時の私の反応は、『ミャンマ~~!?!?!?』 『何しに行くの~???』でした。

そして「軍事政権だし、やたらに拘束されたりして、やばいんじゃないのかな!」という思いでした。

が、友人の「悪徳旅行社」に言い含められて2月に行ってきました。

バンコク経由でヤンゴンまで1時間程で、時差が30分(日本とは2時間半)。機内は満席。殆どは欧米人らしい。

入国審査で豪く待たされてやっと空港から出ると、そこはヤンゴンだった。

ミャンマーの人達はみんな草履なのだ。そしてロンヂーと云う巻きスカートの様なものを穿いている。

走っている車の殆どは日本車で、右ハンドルなのです。右側通行なのに?

新しい車からミャンマーから逆輸入したら骨董品で売れそうな50年以上前の車まで走っているのです。

バンやバスには日本の企業名がそのまま残っています。遠州鉄道のバスも見ましたよ。

マツダ車 007.jpgのサムネール画像

マツダのトラックです。

見た事ありますか?

これは左ハンドルなので 輸出仕様だったなのかなあ?

ヤンゴン市内は600万人位の大きな都市で、車が結構

走っていますが、オートバイが禁止されているので庶民

はオンボロバスかトラックを改造したトラックバスに乗って

移動します。

車は高価で、10年以上前の車でも200万円位するそう

で、ランクルなどは1500万円もするようです。

最低賃金が$45/月だそうで、一般的なワーカーは

$60~$120/月位の様ですから、一体誰が車に乗るん

ですかね?

マンダレーと云う内陸のインドと中国との貿易拠点の都市にも行きました。

ここの工業団地に行きましたが、城北工業高校の実習場の方が設備は整っているように思えました。(失礼)

ヤンゴン郊外の工業団地にも行きましたが、トランスのコイル巻きや単層のPCボードの組み付け等をしていました。

また、既に日本の縫製工場が進出していました。某Sむらとか紳士服の〇山と云うような会社も現地で縫製しているんですね。

全般的に道路や鉄道・電力と云ったインフラ整備や工業の技術レベルは遅れていますが、真面目な人種の様ですね。

これから伸びてくると思います。中国や韓国の進出が激しいので、日本の企業も早く進出しないと人口5300万人と地下資源の

大きなマーケットを失うことになりますね。

因みに、ミャンマーの女性は日本人に似てきれいな方が多かったですよ。

言い忘れるところでした。

ミャンマーは仏教国で全国に仏教遺跡が多く、ヤンゴン市内のシュエダグォン・パゴダは凄かったです。

ライトアップされて奇麗でした。多くの老若男女がお参りしていました。

食べ物も美味しく、お土産にお茶の葉を発酵させた「ラベッ・トウッ」と云うあげた豆やゴマを混ぜて食べる食べるお茶を買ってきました。

上さんは辛いと云って食べないので、私一人で美味しく頂いております。

現地のウィスキーもワインも安くて美味しいですよ。

是非一度、ミャンマーに行ってみて下さい。

悪徳旅行社の友人が言った如く、行けばイメージは全く変わりますね。

其れに付けても、政府の締め付けなのか、情報鎖国の国に住んでるんですね。我々は。

痛感!

 

 

 

2011年3月19日

福島原発事故

今回の東日本大震災に遭われ被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
弊社でも、微力ではありますが社員一同応援を送りたいと考えております。
昨日には、社員やお客様のご協力で毛布を70枚程社会福祉協議会にお持ちしました。


また、津波によって引き起こされた福島の原子力発電所の事故も大変なことになりましたね。
何とか、大惨事に為る事だけは防いで頂きたいものです。
ここで、私は何でことになったんだろう?と考えてみました。
原発の設置や建設には多くの学者や専門家、政府の方々が多方面から検討を加えた筈だと思います。
地震国の日本ですから地震は当然ながら津波も検討の対象になっていたことでしょう。
現に、建物はあの巨大地震にも持ち堪えています。
では何故、津波による2次被害にこんなにも脆弱だったんでしょうか。
想定外ですか。
ならばどんな想定をしていたんでしょうか。
今回の事故は簡単に言うと、非常用発電機が水を被り発電できなくなり、冷却水用のポンプが動かなくなったので、核燃料を冷やせなくて制御不能に陥ったということだと思います。
原発の仕組みが分かっている人たちには、非常用発電機やポンプが動かなくなればこう云う事態を招くことは十分認識できていたはずです。素人でも分かります。
では、何故十分な対応策ができていなかったのでしょうか。

 
詳細は分かりませんが、私はここに日本人の問題点があるように思います。
人間は自身が持っている知識や経験と云った情報の中でしか、考えたり発言したりすることが出来ないのです。
この情報を広げる為に、様々な人と意見を交わしたり議論をしたりするのですが、そこに前提や既成概念が入ると思考が停止したり堂々巡りをするようになります。
私はこれを『思考の壁』と言っています。

 例えば、ある人が東名高速道路を150㎞/hで走って事故を起こした時に、私たちはその原因を何とするでしょうか?
多分、多くの人はそんなスピード違反をして150㎞/hで走るからだ。と片付けてしまうでしょう。

それでは、速度無制限のアウトバーンを150㎞/hで走っていて事故を起こした場合はどうでしょうか。
もうスピード違反だとか、150㎞/hで走るから悪いんだとは言えなくなりました。
ドライバーの運転技術なのか、車両に問題があったのか、天候や道路に問題があったのか、他の走行車両に問題があったのか、等々原因を考えるようになります。

 これが『思考の壁』なのです。
だから、「100㎞/hの壁」に守られた日本の車とドイツの車は高速走行時の運転感覚が違うんだと思います。

 『思考の壁』を前に立ち竦むか、壁沿いに堂々巡りをするか、壁を打ち破るか。

原発ではどうだったんでしょうか?
原発は安全だ!という前提条件のもとで議論されていたんではないでしょうか。
そうすると、不都合なことは考えなくなるんですよね。

原発なんて安全である訳がないですよね。
それを制御できるなんて考えること自体が人間の思い上がりだと思います。
でも、無いと困りますから、「原発は危険なものだ」という前提に立って設置や運転に当たってもらいたいですね。
浜岡は大丈夫でしょうねぇ!

2月にミャンマーに行ってきましたが、中々ブログに書けなかったので、次回はミャンマーの紹介をします。

2011年2月 5日

辺野古

 

辺野古10.JPG今週、仕事の関係で沖縄の名護市に行ってきました。

名護市なので佑ちゃんに会えるのかなぁって思ったら、

名護は名護でも東海岸のカヌチャ(神着)と云うリゾート地で、佑ちゃんもダルビッ

シュも居ませんでした。

我々が滞在した3日間は、誰が雨男なのか、生憎の天気でした。

写真は、今話題のと云うか、問題のと云えば良いのか解りませんが、辺野古で

す。

生憎の天気でおまけに携帯で撮ったので奇麗に見えませんが、素晴らしい所でし

たよ。こんな素晴らしい所に滑走路を造るのか。っと問われれば、反対です。

しかし、中国人民軍の異常とも言える程の膨張を考えると・・・

航空母艦を標的にした地対艦弾道弾の「東風D21]やステルス戦闘機の「殲20」等、次々開発される兵器。

なんでそんなに軍拡をするのか、私には理解できませんが。

そんな隣国を前に、日本の防衛の為には基地が必要なんでしょうね。

写真の辺野古の岬が見えると思いますが、そこには米軍のキャンプシュワブがあるんです。

この辺野古が撰ばれた理由は解りませんが、私が思うに、用地取得の問題や騒音問題以外に、キャンポシュワブの存在が大きかった

んじゃないかと思います。荷揚げ用の港湾も造れば凄い基地になりますもんね。米軍にとっては。

しかしながら、この辺野古の景色を見ると・・・。

菅総理、何とか成りませんかね。

蓮舫大臣、米軍に言ってやって下さい。「何で辺野古じゃなきゃ駄目なんですか?」「2番目の場所じゃ駄目なんですか?」

楽しい2泊3日でしたが、心は天気のようにどんよりして帰ってきました。

でも、沖縄の女性は色が白くて美人がいっぱいでしたね。また行きたくなっちゃいました。

ユユユイ!ユユユイ! ユイマール!