黒川検事長が辞意を漏らしたとのことですが、これで一件落着にはならないだろうな。
ここしばらく検察庁法の改正で国会もマスコミも賑やかでしたね。
安倍政権が黒川検事長氏の定年を延長して検事総長にしようとしたと云うことのようだが、
これに対して野党からは、政権に近い人物を検事総長にして忖度させようとしているだとか、
検察庁トップの人事を内閣が行うのは、三権分立の精神に違反するだとか、検察の独立性が保たれないとか、
様々な意見が飛び交っていました。そうした中で、芸能人の方たちがSNSなどで呼びかけた
「#検察庁法改正案に抗議します」が大きな影響を齎しているとの報道がありました。
私は、検察庁法の改正案を読んでないので内容は判りませんが、会社の朝礼で、コロナウィルスに対しても
そうでしたが、WEB上に流れる情報に対してその真偽を自分で確認する必要がある旨の話をしました。
司法の一部として検察庁の独立性を確保することは重要であるが、無条件で認めることには問題があると
考えていたからです。これまでの官僚が起こした数々の不祥事やいい加減な施策を考えてみれば分かります。
「省あって国なし」「省益あって国益なし」で、誰一人として責任を取った高級官僚は居ません。
検察官と云えども組織の中の一官僚です。
組織の論理で動きます。
そう思っていたら、今朝の静岡新聞の「論壇」に佐藤優氏のコラムが掲載されていました。
佐藤氏は、鈴木宗男氏と連座で逮捕され512日間も拘置所に拘留されたそうです。
カルロス・ゴーン氏も長期間に亘り拘留され、海外から拷問だと非難されました。
こうした拷問に近い取り調べを行うのは検察官です。
一方、こうした検察官による起訴を調査する仕組みは無いとのことです。
袴田事件の袴田巌氏の死刑判決は、未だに取り消されていません。
味噌樽だかに入れられていた衣類などの証拠を客観的にみれば、私でもおかしいと判ります。
こうした冤罪(と思う)を生み出すのも、検察庁のチェックが効かない独立性なのです。
私には、何をもって正しい判断かとは言えませんが、今少し調べてみたいと思います。
私なんかとは違って、影響力の大きい芸能人の方々が意見を発する際には、証拠なり問題箇所を明らかにして
発信して頂けると、より理解し易くなり大きな力と成るものと思います。
それが、責任在る立場の者の行動ではないかと思います。
私は、SNSなどは見てないので、記述してあったらごめんなさいね。